空気を感じる写真とモナリザを見つめる少年

雑感

空気を感じる写真。
僕は、見た人がその場の雰囲気を感じることが出来るような写真を指してこう呼んでいる。
そのため、目で見たそのままを写真にすると言う意味ではない。
見たことがない景色でも、まるでその場にいるかのようなイメージを持つことが出来る写真。
映像ではない、写真でなければ味わうことが出来ない雰囲気。
それは、構図であったり、色表現であったりする。
それらをまとめて浅識な僕はこのような言葉で表現している。お陰で意図がなかなか伝わらないのだが。

iPhone16eで撮影

印象に残っている写真はソニーα900のカタログにある気球の写真だ。
下記にカタログPDFのリンクを貼っておく。
【デジタル一眼レフカメラα900カタログ10月号】
https://www.sony.jp/products/catalog/dsc_alpha900.pdf

レンズはVario-Sonnar T* 24-70mm F2.8 ZA SSM(SAL2470Z)とある。
最近のカメラやレンズは大味でベタッとした色づくりが好まれるように感じるが、この写真はツァイスらしいとても丁寧で奥深い色表現だと感じた。
印刷も良かったのだろう。
このカタログは15年前の2010年のものだ。
その間、カメラもレンズもかなり進化しているはずだ。
しかし、この写真を見ると、良い写真は時間を経ても変わらないのだと感じる。
僕はまだ気球に乗ったことが無い。
そのため、まだ見たことがない景色に対する憧れがこの写真の魅力を強めているのかも知れない。
もし、気球に乗った後にこの写真を見たら、今とは違う印象を持つのだろうか。

LEICA SL2-S | LUMIX S 20-60mm F3.5-5.6(S-R2060)

もう1点、これも昔のとある女性俳優の写真に似た印象を持ったことがある。
写真集にあるものでは無いため撮影者は不明。
ミディアムショットを俯瞰気味に捉えているのだが、柔らかな夕陽が差し込んでいるその写真はとても美しく被写体を照らしていた。
なんとEXIFデータが残っており、確認したところレンズは不明だったが、カメラは当時大人気のデジタル一眼レフ、ニコンD70だった。

LEICA SL2-S | LUMIX S 20-60mm F3.5-5.6(S-R2060)

僕にはこれらの写真から、まるでその場に居るかのような印象を受けた。
現場の湿度や気温、匂いまでイメージすることが出来る。
しかし、これらはあくまでも写真を通じて僕自信がイメージしたものに過ぎず、もしかしたら実際の雰囲気は全く違うものかもしれない。
これは小説を読むことに似ていると思っている。
小説は文字以外の情報が無い。そのため、文字から読み取った情報を自分の頭の中で映像としてイメージする。
違いは文字か写真か、得られる情報の種類が異なるだけで、どちらも同じことだ。
余談だが、ホラー小説を読んでいて怖くなるのは、文章からイメージした自分自身が作り出した映像を想像して怖いと感じる。よくよく考えると不思議な現象だ。

僕は、良い写真とは撮影技術はもちろん必要だが、センスが最も大切であると思っている。
撮影技術は、そのセンスを最高の状態で具現化するためのものだ。
これらの写真を見る度にそう感じるし、時を経るごとにより大きく感じる。
当たり前か。
写真は作品だ。カメラやレンズはそれを表現する道具でしかない。
そのため、魂が宿る対象は写真作品であって、カメラやレンズなどの機材ではない。
写真の構図や、撮影のタイミングを見極める感覚は、写真撮りのセンスによるので、カメラやレンズがいくら高性能になっても、この点を写真撮りが磨いていかなければ良い写真は撮れない。
だから、10年以上前の写真でも良い写真は良いのだ。
絵画や彫刻にも当てはまるが、たとえ数百年前の作品でも美しいものは美しい。
その価値は下がるどころか時と共に大きくなり、庶民の感覚では理解が遠く及ばない程の価値が付くこともある。

LEICA SL2-S | LUMIX S 20-60mm F3.5-5.6(S-R2060)

ふと小学生時代のある出来事を思い出した。
ある日、音楽室の壁に架かっているモナリザの手の重ね方が入れ替わるのを見たと児童のあいだで騒ぎがあり、教頭が事態の収拾にあたっていた。
そんな馬鹿な、と思ったがこれ程の騒ぎになっているのだから気になってしまう。
僕も手が入れ替わったところを見てみたい。
そう思い、その日の下校の際に音楽室のその絵を確認しに向かったところ、なぜかその絵に引き込まれて魅入ったことを思い出した。

なぜこの絵の空はこんなに暗いんだろう? 天気の良い日に青空を入れて描けば良いのに。
なぜこの絵の女性は笑っているんだろう? 夜でもないのにこんな暗い日なのに。
なぜこの絵の女性はここに居るんだろう? バルコニー?高台?そこはどんな場所?
なぜこの絵の女性は背もたれが無い椅子に座っているんだろう? ひじ掛けはあるのに。
なぜこの絵は見ているうちにだんだん怖くなってくるんだろう? 不思議な箇所がとても多い。

これはオッサンになった今でも変わらない印象を持っている。この絵は本当に不思議で怖い。
しかし、35年前の僕は、なぜか目を放すことが出来なかった。
ランドセルを背負った少年が一人、500年ほど前に描かれたと伝わるその絵のレプリカを音楽室で数分に亘り微動だにせず眺め続けている。
端から見たら、さぞ奇妙な光景だったに違いない。美術に目覚めるにはまだ早いだろう。
モナリザは間違いなく現在最も高価な絵画だと思う。
描かれてから現代までの500年間で画材用品は大きく進化したと思うが、芸術性は時を経ても不変であると、この出来事を思い出して感じた。

LEICA SL2-S | LUMIX S 20-60mm F3.5-5.6(S-R2060)

空気を感じる写真。
写真だからこそ、現実に存在した光景だからこそ、そう感じるのだ。
それは、ただその場を写した写真というだけではなく、見た人にその場に居るかのように想像させる魅力を持った写真なのかもしれない。
その魔力をシャッターボタンを通して写真に込めることが出来れば、一流の写真撮りになれるのだろうか。
僕にはゴールはまだまだ長そうだ。
しかし、一生をかけてでも追い求める価値はありそうだ。