皆様はNikonDLというカメラをご存じだろうか。
今から8年前の2017年2月、発売目前にして突如中止が発表されたニコンのコンパクトデジタルカメラである。
シリーズは下記の3機種が予定されており、搭載しているレンズの35mm判に換算したときの焦点距離とF値がそのままカメラの機種名となっていた。
NikonDL
・DL18-50 f/1.8-2.8
・DL24-85 f/1.8-2.8
・DL24-500 f/2.8-5.6
2025年の現代から見てもこのスペックは非常に魅力的である。
当初の発売予定は2016年6月であった。
カタログも発行され、あとは発売を待つだけの状態であったが、発売延期の末に発売中止となってしまった。
発売中止の報道を最初に目にしたのは、確か平日夜のTVのニュース番組だったと思う。
デジカメの発売中止がテレビニュースになるのかと思い、どんなカメラなのかと番組を見ていたら、なんとNikonDLだった。
当時のコンデジ界隈は、ソニーのRX100シリーズやキヤノンのPowershotG○Xシリーズ、LUMIX LX9などの1型CMOSセンサーと高性能なズームレンズを搭載したカメラが大流行していた。
NikonDLも高性能ズームレンズを搭載した1型CMOSセンサーのカメラであったため、あのニコンも1型コンデジを出すのかとカメラ業界では大きな話題となっていた。
そんな中、このニュースに触れた時はとても驚いた。
先日、書斎の片付けをしていたところNikonDLのカタログが出てきた。
新製品と記載があり、カタログの日付は2016年3月10日となっている。
パラパラと眺めてみたが、なかなか興味深い仕様だったため、僕が感じた事を記録として残しておくことにした。

プレミアムコンパクトデジタルカメラ「DLシリーズ」発売中止のお知らせ
https://www.jp.nikon.com/company/news/2017/0213_dl.html
上記のニコン発表の報道記事を見る限り、画像処理エンジンの開発が思うように進まなかったようだ。
記事には画像処理用のICに不具合が判明したとあるので、EXPEEDに採用したFPGAに何かしらの問題が発生したのだろう。
カタログには実写サンプルが多数掲載されているため、写真が撮影出来る程度までは完成していたのだろう。
なにか特定の条件下で発生するクリティカルな問題があったのだろうか。
カタログの日付は2016年3月10日、発売中止のプレスリリースは2017年2月13日、プレスリリースに当初は2016年6月発売予定だったが延期していたとあるので、かなりの時間をこの問題に割いていたように思われる。
EXPEEDのFPGAを別のものに変更すれば解決したのだろうか。
そうすると今度はバッテリの消費電力など他の仕様にまで影響が発生するかもしれない。
実写サンプルが撮影出来るほどハードウェアは完成していたため、今さらFPGAの部品選定やそれに伴う設計の変更や基板改版など出来るはずもない。
それにソニーやキヤノンのライバル勢の1型CMOSカメラは次世代のCMOSとして積層型センサーを採用しはじめている。
こういった状況の中で実現のためのコストが回収出来ないと判断されて発売中止となったのだろうが、ニコンにとってこの判断は一大痛恨事だったに違いない。
前段でも触れたが、NikonDLは3機種予定されていた。
共通の機能として下記の特徴があると記載されている。

1.超高解像NIKKORレンズ
2.1.0型裏面照射型CMOSセンサー
3.新画像処理エンジンEXPEED6A
それぞれを詳しく見ていこう。

1.超高解像NIKKORレンズ
超解像レンズ?なんだこれは?
カタログの表記としてはあまり聞き慣れない言葉だ。
カタログにはED非球面レンズとコンデジでは初のナノクリスタルコート採用と記載がある。
コンデジにED非球面レンズとは随分贅沢なレンズ構成だ。
さらに、NikonDLのカタログにはそれぞれの機種のページにレンズの構成図とレンズのMTFが掲載されていた。
かつてコンパクトデジタルカメラのカタログにこれらを掲載したモデルがあっただろうか。
その自信の表れか、レンズの仕様をカメラのモデル名にしたのは、とても上手いと思う。

2.1.0型裏面照射型CMOSセンサー
有効画素数2080万画素、総画素数2327画素の1.0型裏面照射型CMOSセンサーとカタログにある。
ちなみに、同時期の他社製1.0型CMOSセンサー搭載のカメラは下記のとおり。
・ソニー RX100M5
総画素数2100万画素/積層型
・ソニー RX100M3、キヤノン PowershotG7XMarkII
総画素数2090万画素/裏面照射型
・LUMIX LX9
総画素数2090万画素/表面照射型
NikonDLシリーズは総画素数が異なるため、これらとは違うイメージセンサーのようだ。
なお、このCMOSについてニコン独自開発という記載はない。

3.新画像処理エンジンEXPEED 6A
ん?なんだこれ?
2016年6月発売予定のカメラにEXPEED 6Aとは?
ちなみに、直近のEXPEEDのバージョンと搭載モデルは下記のとおり。
EXPEED 5
D5 (2016年 3月発売)
D500 (2016年 5月発売)
D7500 (2017年 6月発売)
D850 (2017年 9月発売)
EXPEED 6
Z7 (2018年 9月発売)
Z6 (2018年11月発売)
Z50 (2019年11月発売)
D780 (2020年 1月発売)
D6 (2020年 6月発売)
Z5 (2020年 8月発売)
Zfc (2021年 7月発売)
Z30 (2022年 8月発売)
EXPEED 6とEXPEED 6Aの関連性については、NikonDLが発売中止となったため不明なままである。
カタログを見る限り、被写体認識は顔認識のみで、瞳AFはもちろん、鳥、飛行機、車、人物の認識機能も搭載されていない。
動画は2160/30pや1080/60pのMP4形式である。
なお、連射性能は位相差AF追従で驚異の20コマ/秒(AF固定では60コマ/秒)と記載がある。
もちろん、NEF(RAW)+JPEG形式である。
バッファメモリが少ないせいか連続撮影枚数は20コマとのこと。
実は、この連写性能が大問題である。
同時期の他社カメラの連写性能は下記のとおりだ。
キヤノン PowershotG7X MarkII 8コマ/秒(RAW:14bit)
LUMIX LX9 10コマ/秒(RAW:12bit)
ソニー RX100M3 10コマ/秒(RAW:12bit)
ソニー RX100M5 24コマ/秒(RAW:12bit)※積層型CMOSセンサー
おかしい。
なぜか、NikonDLは裏面照射型センサーにもかかわらず、ソニーRX100M5積層型センサーに近似する転送速度を有している。
どんなオーパーツを使っているのか分からないが、この連射性能は異常だ。
裏面照射型CMOSセンサーと積層型CMOSセンサーは構造がまったく異なる。
両方の特性を持つCMOSとは物理的にあり得ない。
もしかして、NikonDL発売中止の報道資料にある「画像処理用のIC」とは実はこのCMOSセンサーを指しているのか?
オーパーツを使用していたからCMOSが封印されてしまい、供給元から提供されなくなったのか?

NikonDLのカタログには写真家が撮影した撮影サンプルが多数掲載されている。
どれも素晴らしい描写性能だ。
カタログではレンズの超解像性能を謳っているが、色の表現力もかなり優秀だと感じる。
裏面照射型CMOSセンサーが持つ色の奥深さが表われているようだ。
RAWデータの色深度は12bitではあるが的を射た色表現であると思う。
なお、前述したが他社1型CMOSカメラはキヤノンPowershotG7X MarkIIのみ14bitで他は12bitである。
ここまで仕様を振り返っていったが、本当に良いカメラになるはずだった。
この開発ノウハウをこのまま頓挫させたままにするのは、あまりにも惜しい。
特に光学系はそう感じる。
最新型の1.0型のCMOSセンサーとEXPEED 7(A)を搭載し、USB端子をMicro-BからCへ変更、USB給電可能など現代風に仕様を整えて発売して欲しい。
どのモデルも15万円程度なら大ヒットするのではないだろうか。
なお、DL18-50 f/1.8-2.8とDL24-85 f/1.8-2.8にはEVFが外付けオプションである。
この点は賛否が分かれそうだが、576万ドット/60-120fpsと236万ドット/60fpsの2種類を用意出来れば、選択の幅があって良い。
少々、妄想が飛躍した。
しかし、くどいようだが機種名と製品仕様が確定し、実写サンプルが撮影出来る状態までカメラが完成し、カタログも準備完了、JANコードも登録されていた。
ここまでは、紛れもない現実だった。
いい年したオッサンが無い物ねだりとは中々見苦しいが、とても残念で仕方がない。
今回は、かつて存在するはずだった幻のNikonDLに思いを馳せてみた。
様々な事情を乗り越えたカメラだけが製品として世に出ていくのだと感慨深いものを感じた。